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・私的ブランド制作日誌 & "猫の集う椅子"コミュニティブログ。また、日々の忘備録なども兼ねる。

結局、最後にモノを言うのは "暴力" だという現実。

私が常々思っていることなのですが、
"恨みの怖さ" について1つ書こうかなと思います。

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危機感が足りてない。


■人に恨みを買わないよう生きる。
前々から、私は生きていく上でいくつか自分ルールを定めているのですけども、
その1つが "人に恨みを買わない" ということです。

当たり前っちゃ当たり前なんですけど、世の中出来てない人ばかりです。

人に恨みを買わないようにするということは、
第一に自分が洒落にならないレベルで嫌がることを、他人にしない。
嫌なことでもしなければならない時は、相手の心情を汲む。
騙したりしない、嘘をつかない。見下したりせず、対等に付き合う、等々ですね。

まあ、至極当たり前のことです。


もちろん価値観の差異はありますし、気を使いすぎる必要もありませんけどね。
疲れちゃいますし。

ただ、自分は大したことじゃないと思ってても、相手は違う・・ということはあります。
特に虐め等はこのパターンが多いですね。

随分前ですが、
同窓会の幹事を引き受けてトリカブトでクラス全員皆殺しを図った人も居ましたね。
そこまでの恨みを買いながらのこのこ出向いてくるあたり、
虐めた方はすっかり忘れてたんでしょう。


■法は犯罪から守ってくれたりはしない。
それと、多くの恨みを買っている人を見ていて、
「分かってないなぁ・・」と思うことは 正義は人の数だけある ということです。

あなたは「自分は正しいし違法なこともしてない。恨みを買う道理なんかない」
などと考えていても、相手側もそうとは限りません。

また、"法" が守ってくれるとは言いますが、
それは 相手も法の枠組みの中で行動することが前提です。

法は「ルールを破ったら罰を与えるよ。だからルールを守れよ」というもの。
「罰?全然構わねえけど?」という人に対してはそもそも意味がありませんし、
突発的、衝動的な犯罪に対しても抑止力がありません。

例えば会社のためにリストラした場合、やっていることは一般的には正しい。
が、相手もそれを理解してくれているかは分かりません。

私自身が経験した中でも、社長が前置きも無く解雇を言い渡すと言い出したので、
これはちょっと危ないかもと思い、事前に本人に伝えておいたことがありました。
その時彼が怒りを込めつつ言ったのは、
「聞いておいて良かったです。いきなり言われたら本当殺してたかもしれない」でした。

こういうのは「カッとなって」という衝動的な犯罪で殺意は無いのでしょうが、
椅子などで殴られた場合、打ちどころが悪ければ失明や死に至る可能性も十分あります。
人は案外簡単に死んでしまいます。

もちろん社長はそんなことは想像の枠外でしょうが、
彼は彼で頑張ってきたわけで、私も彼が無能とは思っておりませんでした。
そういった彼の努力を理解しようともせず、
有無を言わさず一方的に権限を振りかざし解雇を言い渡す。
その危険性を想像する頭が無かったんですね・・・。


他にも以前、きん玉とちん〇を切断されてトイレに流された弁護士がおりましたね。
これも相手が "法" の枠組みの中に居ると勘違いしていたんだろうなと。
法的に罰せられることを全く恐れていない犯行でしたしね。

社会的地位や資産的には天と地ほども差があったのでしょうが、
結局 "暴力" の前には "無力" なんですよね。


■"万歳特攻の暴力" と言う最強カード。
こういった考えに至った経緯としては、
ニュース以外にも、私の周りや知人、そのまた知人などの話をいくつも聞いていても、
やはりお金がいくらあっても、人に悪くしている人や悪いことをしている人などは、
最後には嵌められたリ裏切られて刑務所にぶち込まれたり、
周りから疎まれたりしてロクな人生になっていないからです。


そういう話や人を見ていて「ああはなりたくないな・・」と思いました。


そして何より怖いのが・・・上でも少し触れましたが
金や社会的地位がいくらあろうが、仲間が何人いようが、どんな体格をしていようが。
そんなものは一切意味を成さなくなる "暴力" というカードを、
ほぼ全ての人が持っていることです。

結局、わざわざヒットマンを雇ったり、綿密な計画なんぞ立てなくとも、
"恨みさえ晴らせれば死刑でも構わない"
という万歳特攻で殺しに来られたら、何をどうしてもまず助からないんですよね。

先日の 富岡八幡宮 の事件なども、
とてもわかり易い例なんじゃないかと思うのですけども・・。

殺されるレベルの恨みを持たれている場合、
四六時中、どこから刀や出刃包丁を構えた人が飛び出てくるか分からないわけです。
それだけでも相当な心的ストレスですが、警察は事件が起きない限り動きません。

車に細工や、毒、拉致、寝てる間に放火される可能性などもありますし、
より確実性を求めるなら、自動車で撥ねても良いです。
失敗しても殺人未遂ではなく「単なる運転ミス」で済みますから、リトライ可能。

そういったことを考慮すると・・相手にそこまでの "覚悟" をさせてしまった場合、
助かる見込みはほぼ無いのではないでしょうか。
最悪、自分が気を付けても今度は家族が標的になる場合もあります。


■結局は "復讐より大事なもの" があるかどうかでしかない。
とはいえ普通は自身の家族や人生における楽しみなどを天秤にかけますから、
「復讐したい」という気持ちはあっても出来ないのです。

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復讐すれば気は晴れますけど、失うものは確実にそれ以上ですし。
一時の「あ~気持ち良かった!」とはとても釣り合いません・・・。

ですが・・失うものが何もなかったらどうでしょうか。
もしくは自分の今後の人生より「復讐」の方が重かったら?


TV等では、いちいち怨恨での殺害なぞは事件の背景まで紹介しないと思いますが、
世の中そういった殺人事件が山ほどあるのではないでしょうかね。

良く人にも言うのですけど、殺人事件などがあった場合・・。
殺した方はもちろん悪いのですが、
殺された方も "それなりのこと" をしてたんだろうな、と思ってます。
強盗や快楽殺人は別ですけどね。

それなりの理由がないと「殺人罪」という超ハイリスクを追ってまで、
好き好んで人を殺したりしませんからね。


世界の歴史を見ても、
報復の螺旋を断ち切るために一族郎党皆殺し ということを多々行っております。
1人でも残れば、いつ自分や家族が復讐の標的になるか分からないからです。

それだけ "恨み" というものは恐ろしいものなのです。
人に恨みを買わず、人に良くしてもらえるような生き方をしましょう。



 
by neko_chair | 2017-12-25 13:35 | ・思想思索 | Comments(0)